追悼 88年8月8日2022/10/05 09:08

88年8月8日
 1988年8月8日、横浜文化体育館で猪木対藤波のシングルマッチがありました。私はまだ社会人になったばかりで若く、自分が年を取るとか考えていませんでしたし、猪木も年を取るとか引退するとか思っていませんでした。それでも当時、猪木は45歳で、世間では負けたら引退などと騒がれていました。
 結果は60分フルタイムドローでした。素晴らしい試合で、猪木はまだこんなにやれるんだと感じましたが、弟子の藤波に勝てなかったことは悲しくもあり、藤波が師匠の猪木に肩を並べたことは嬉しくもありました。そして一つの時代が終わったのだと感じました。猪木も年を取るのだ。いつか引退するのだということを初めて実感しました。その後、猪木は第一線を退きます。この試合が私にとって事実上の猪木引退試合です。
 実際の引退は、それから10年後の平成4年4月4日でした。その間にレスラー猪木も十分堪能させてもらいましたし、イラクの人質解放など、リングを降りても猪木は猪木だというのをしっかり見せてくれたので、引退の時はまったく悲しい気持ちはありませんでした。
 それからも24年間、猪木は私たちに元気を与え続けてくれました。1年前、入院していたことを明かし、見せた姿はショックでした。それでも頑張っている姿を見て、猪木もいつかは、それもそんなに遠い先のことではないと薄々感じつつも、考えないようにしていました。
 なので突然だったし、早かったし、心にポッカリ穴が空きました。最後まで闘う姿を見せ、元気を与えてくれた猪木にはありがとうの言葉しかありません。私たちの心のなかで燃える闘魂は生き続けます。

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